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続・捨印を言われるがままに押していませんか? (反証編) 89

ストーリー by hylom
とりあえず注意はしておきましょう 部門より

rentain 曰く、

先日、捨印を言われるがままに押していませんか?というストーリーが掲載されたが、これに対しストーリーの元となった「捨て印の恐ろしい本当の話し」の主張は事実とは異なる、という反論が掲載されている(「Browser.js 捨印より恐ろしい現代ネットの凶器 -書いてあることをどう読み込むか」)。

・「捨て印の恐ろしい本当の話し(以下、本当の話し)」が法的な根拠としている「民事訴訟法228条の4」は存在しない
正しくは「民事訴訟法228条4項」、しかも「推定規定」であって「みなし規定」では無い(法律の解釈が誤っている)
このことから、「本当の話し」は「法律のことが全く分かっていない人」が書いている可能性が高い
・「本当の話し」が掲載している判例は、誇張された非常に恣意的な解釈
判例索引も掲載されていないため、事実関係が確認困難
(要約)

つまり、先の記事はある片方の側の一主張に過ぎず、中立性には疑問がある、ということらしい。

個人的には、前回のストーリーには160を超えるコメントが付いたのにも関わらず、「本当の話し」側主張の法的根拠の薄弱さ/恣意的解釈に関するコメントが見あたらず、相変わらず/.jには法律に強い人が居ないんだなぁ…と思った次第です。

この議論は賞味期限が切れたので、アーカイブ化されています。 新たにコメントを付けることはできません。
  • 完全オフトピ (スコア:5, すばらしい洞察)

    by Anonymous Coward on 2009年10月27日 16時38分 (#1660853)
    「話し」といい、「恣意的」といい……一体、誰を召還しようというのだ…(ゴクリ)
  • by Anonymous Coward on 2009年10月27日 17時16分 (#1660897)

    はんこ社会な日本では、少なくとも…

    ・捨印は基本的には不要なものである。
    ・言われるまま押すとまずい事になる(場合もある)。
    ・押す意味が不明なら問いただし、相手が納得のいく答えが出来なければ押すな。

    という事が分かれば十分です。
    こまけぇことは(AA略

    • 捨て印を使って書類を偽造されるという事例は世間にままあるのだろう。
      リンク先の「捨て印の恐ろしい本当の話し」には多分にウソくさい話も混じっているが、商工ローン問題のときには金融業者は相当悪どいことをやったと聞く。

      しかし、捨て印をしなければリスクが避けられると考えてはいけない。

      有印私文書偽造を行う悪い奴にとって、捨て印はマストアイテムではない。捨て印が無い文書でも手間をかければ書類の改ざんはできる。契約文書を印刷したのと同一のプリンターを使い、契約後の文書に改ざん文面を追加印刷する程度の事でも可能なのだ。捨て印はあったら手間が省けるというだけに過ぎない。

      問題点は、契約文書を当事者の片方だけが持つという点にある。
      本気でリスクを避けるなら、信頼できない相手とは契約書を2部作って持ち合うか、せめてコピーを取ってコピーに相手の署名を書かせる必要があるだろう。

      (クレジットカード作成申込書の捨て印程度なら目くじらを立てなくていいと思いますよ)
      親コメント
  • by might (194) on 2009年10月27日 18時15分 (#1660944) ホームページ

    捨印と民事訴訟法228条4項の関係について論じてほしかった。

    結局捨印はどこまで有効なの? それとも全く効力が無いもの?
    あるいは、捨印を押すのであれば、勝手に改ざんされた場合の予防措置というか、対抗措置はどうすれば良い? とか。

    • by Anonymous Coward on 2009年10月28日 1時10分 (#1661255)

      民訴法228条4項にいう「本人又は代理人の署名又は押印があるとき」とは、
      本人の署名又は押印が本人又は代理人の意思に基づいてなされたことを意味する。
      つまり、同項は「本人(又は代理人。以下略)が意思に基づいて押印したならば、
      その文書は本人の意思に基づいて作成されたものである」ということを推定する規定。

      ということは、「本人の印章(はんこそのもの)による印影(紙の上の朱色の跡)がある」というだけでは、
      228条4項の出る幕はない。
      ただし、判例は、「本人の印章による印影があるならば、本人が意思に基づいて押印した」と事実上推定されるとした
      (自分のはんこをみだりに他人に預けたり、不用意に押印したりすることはないという経験則から)。

      したがって、この事実上の推定によって、本人の印章による印影があれば、
      本人が意思に基づいて押印したことが推定され(一段階目の推定)、
      さらに、228条4項によって、この推定された事実から、
      文書が本人の意思に基づいて作成されたことが推定される(二段階目の推定)。
      これを、業界用語で「二段の推定」という
      (オフィシャルな(法令上の)呼び名ではないので「いわゆる」とかつける)。

      <ここまでのことは、民事訴訟法のちゃんとした本を参照すること>

      というわけで、捨印の効力を否定したいなら、228条4項の推定ではなく、一段階目の推定をくつがえすのがよさげ。
      たとえば、「たしかに俺はここにはんこを押したが、それは相手方が「そういうならわしだから」とかなんとかいって
      押させたものであって、文書の記載内容訂正を了承する意思で押印したんじゃない(したがって、本人の意志に基づく
      押印ではない)」と反論することになるんじゃなかろか。

      親コメント
    • もしくは相手の主張を潰す手法の典型例ですな。(というか、反ではない)

      難癖つけて相手の主張を潰す場合は、基本的に「それは正論だけども」という点で攻めるのが王道です。
      誤字脱字、専門用語の間違い、定義の揺れ、果ては書式の不備に至るまで一つ一つ指摘した上で「そんな簡単なミスが残っているような主張は、検討する段階に至っていないのでは?」と結論づけます。
      (主義主張については一切触れないのがポイント。「主張は置いておいて」などと前置きした上で行うのが基本)
      たいていの場合は「なんとなく信用できない雰囲気」になった段階で、「じゃあ持ち帰りで」「再度検討して」とされます。
      これを防ぐ場合、徹底的に推敲した上で法律関係は法務の言質を取るなどの関係各所に根回しをした上で臨むしかありません。(いわゆる「官僚の作文」になるわけです)
      ***
      今回の場合、元々の主張に「私は法律の専門家ではないので文章作法が法曹関係者と違うかもしれませんが、判例や新聞記事をきちんと読み込んで構成しています」というエクスキューズを入れるべきだった、などとなってしまいかねない最近のネット事情が残念でなりません。
      反証しているとされている本ストーリーの元サイトの指摘が「官僚の作文」でかくべき、というのが端的です。

      こういう内容の判例があるとしたとしても、正確にはこう書くべきですよね。
      >さらに最高裁は、本人の署名でなくても、印鑑さえ本人のものであれば、(具体的事情によっては)本人の意思にもとづいて真正に成立したとものとの判決を出(すこともあります)。

      # これが入っていないと「恣意的」とか言っちゃうのはどうなのよ:-P
      ***
      ではどういうのが反論かというと
      「捨て印が恐ろしいというのは誤っている。なぜならば、捨て印利用者が〜万人いるにもかかわらず、被害事例が○件しかない。これはレアケースでおびえさせてるだけ」
      「捨て印が恐ろしいという主張はあっている。しかし、法律用語の使い方が間違っていて残念。対応策もちょっと違う」
      などでしょう。

      # 「素人が法律に口だすなよ簡単じゃないんだから。判子なんか単なる材料の一つ。(当然判子ひとつで不利になることもあるけど)」
      # という結論っぽく書いてあるけど実は結論でも何でもない主張で〆てるなんてのは、権威を維持するための嫌がらせであって反論ではない:-(

      親コメント
  • by Anonymous Coward on 2009年10月27日 20時51分 (#1661033)

    重要なのは、捨印が押してあることで「アウトになる可能性」や「アウトになった事例」があるか
    ということであって、「必ずアウト」になるかということではありません。

    ですが、この反論は「必ずアウト」になることを否定しているだけです。
    そんなことを否定しても、安心して捨印を押せるという話には全くなりません。

    たとえば、推定規定の指摘、つまり反論して覆すことが可能だという指摘ですが、
    覆らない可能性があること、つまり「アウトになる可能性」があることを全く否定していません。

    あたかも、判子があったら、それは絶対的でいつなんときも(どんなときでも)真正(ただしいもの)と「みなされる」みたいな風に書くのは、なんとうか、ミスリーディングというか確信的ですよね。あたかも「判子が押してあればそれでアウトだ」といわんばかりなのはよろしくないというわけです。

    こうやって、当然のことのように、可能性や事例の問題を「必ずアウト」の問題にすり替えようとしているわけです。
    この文章自体が「ミスリーディングというか確信的」だと思います。

    事例に関しても、いろいろ書いていますが、事例の書き方が恣意的だとか、
    「必ずアウト」になることを意味するわけではないなどと指摘しているだけで、
    「アウトになった事例」の存在については全く否定していません。

    結局のところ、「必ずアウトになるか?」という弱くて関係のない敵を
    (わざと)持ち出してきて勝利することで、反論できたように見せているだけです。
    まったく反論になっていません。

    • まあ、真面目な話、「法律的に成立しているか」≠「日常生活に安全か」ということです。

      簡裁代理であれ、なんであれ、普通の人は裁判は嫌だろうし。

      それに、「法律の厳密な知識(学説)」≠「基本的な実務の遂行の知識」でもないし。
      ま、あまり瑣末なことに興味ないよ、というのが本音ですけどね。実務やってると。
      --
      # 無知の知 (主張のみでは、対象を決定できない。) ATLANTiS.
      親コメント
  • by shinshimashima (9763) on 2009年10月27日 17時04分 (#1660879) 日記

    ふと気付いたのだが、この件の元ネタってどこかで聞いたことがと思ったら、
    「空印の案」そのままじゃないか。ということで
                   __
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              / ;;;;;;;;:::::::::::;;;;;;;;;;;;;::::::::;;;;; ヽ
             /j/三三三三三三三三三三ヾ
             l::||::::              |l  
            / ̄\ヽ-=・=-′ヽ-=・=-′||  
          r┤    ト::::: \___/     ||      
         /  \_/ ヽ:::.  \/    ,ノ    凌遅三千刀、滅九族!!
          |   _( ̄ l―---oo-――'"ヽ__
          |   _)_ノヽ\  ハ // /    ヽ   
         ヽ____)ノ      ̄ ̄ ̄   /     ヽ

    --
    ともあれ、ヤードポンド法は滅ぶべきであると考える次第である
  • Hava a good time! (スコア:2, 興味深い)

    by Anonymous Coward on 2009年10月27日 18時46分 (#1660965)

    そして、これは、証拠として裁判に提出されたものが本当に正しいのかどうかが分からないから、便宜上(一応)、「この文書が正しいかを証明するのはどっちの側なのか」ということを規定しているだけです。つまり、ここでは、「ある文書があって判子が押してあったら、その文書は(一応)正しいものと考えるから、文句があるならそれは違うという人が主張してね」というだけの話をしているにすぎませんね。
    要は、これは単なる立証責任の問題であって、それ以上でもそれ以下でもないわけです。

    十分だよ!ww
    ここでもう筆者が世間知らずのお馬鹿さんだと読み取れたので、続きはいいや。

    個人的経験としても、捨て印を根拠に企業側の判断で適宜変更される契約を結んでいて、実際にかなり重要な変更でも連絡無く一方的に変更されている上に、連絡が無い事を指摘したら「文句があるなら裁判でもご自由に」と言われた身としては、「世間知らずのお馬鹿さんが言葉遊びをしてる」と言う印象しかありません。
    企業勤めで、通勤時間込みで一日12時間以上拘束されていたら、気に入らないからと言ってホイホイ裁判なんて起せません。誰かが無償で代理してくれて費用も負担してくれると言うなら話は別ですが、

    せいぜい言葉尻をつついて遊んでて下さい。そーゆー遊びが好きな人が一定数居る事は理解してます。その割りに「恣意的」なんて書いちゃうのは逆に理解し難いですが、きっと釣りなんでしょうし、

  • by Anonymous Coward on 2009年10月27日 19時10分 (#1660982)
    法律は我が身を守ってくれません。我が身を守るすべの一つには成り得ますが。

    法律に詳しいか否か、あるいは法律に照らし合わせて正しいか否か、ではなく、我が身を守るためにどのような知識を持ち、どのように行動するか?が重要なのではないでしょうか。
    捨て印に関していえば、わたしの実体験として過去20年以上に渡り極々一部の例外を除き、捨て印を押したことはありません。

    もし誰かに、「捨て印を押しても、法的な危険性はないよ。」と言われたら、安穏な暮らしをされてきたのですね、よかったですね、と正直に思います。幸いにして捨て印そのものでトラブルを被ったことはありませんが、無知につけ込んで他人に不利益を押しつける輩は、会社の知名度と全く関わりなく存在します。
  • 昔から捨印を押さない主義で何度か金融機関等とトラブりましたが、最近の提出書類にはしっかり「捨印欄」という欄があり、捨印を押せとなっています。
    流石に捨印欄の捨印を根拠に不利益な行為はできんだろうと考え、捨印欄には捨印を押すようにしています。
  • by Anonymous Coward on 2009年10月28日 15時19分 (#1661675)

    民訴法228条4項は、文書の成立の真正に関する条文です。

    文書の成立の真正とは、当該文書がその名義人によって作成されたということです。
    文書の成立の真正が裁判上認められると、当該文書に表示された名義人の意思表示が存在したことになります。
    たとえば、当該文書が売買契約書であれば、その作成名義人の売買の意思表示が存在したということになり、
    文書の記載通りの内容の売買契約の存在が認定されることになるわけです。

    228条4項は、「私文書は、本人又はその代理人の署名又は押印があるときは、真正に成立したものと推定する」とされています。
    これは、作成名義人の署名または印影があれば、文書の成立の真正を推定するということです。

    ところで、同項の推定は、あくまで「作成名義人の意思に基づいて押された印影」があれば、当該文書の成立の真正を推定するというものです。
    印影が作成名義人自身によって押されたかどうかについては、同項の推定は及びません。

    しかしながら、判例(最判S39.5.12民集18・4・597)は、作成名義人の印章にによる印影があれば、反証のない限り、「当該陰影は名義人自身の意思によって顕出されたものと事実上推定する」としています。

    これによって、作成名義人の印章による印影があれば、作成名義人の意思に基づく押印による印影であると推定され(判例による推定)、意思に基づく印影であると推定されるから、文書の成立の真正が推定される(228条4項の推定)という構造になります。

    当然、推定であるので反証があれば覆ります。
    反証の程度については学説に若干の対立がありますが、概ね次のような事実があれば推定が覆ると考えられます。
    判例による推定については、印象の貸与、紛失、盗難等によって、名義人以外の者が当該文書に押印したと考えられる事実などです。
    228条4項の推定については、押印がされてから文書の内容が改ざんされたと考えられる事実などです。

    捨印については、一般的には228条4項の推定の問題になるかと思います。
    捨印押印後、文書が改ざんされたとしても、その文書改ざんの事実を(ある程度)証明できない限り、推定規定がある以上、改ざんされた文書の内容の意思表示があったと認定されます。
    裁判が法律と証拠に基づくものである以上、捨印を押した側に改ざんがあったことを示す証拠がなければ、厄介なことになるおそれはあるかと思います。

  • >「民事訴訟法228条の4」は存在しない>

    という点など,間違っているとされる点はそのとおりなのでしょうが,
    「恣意的」という批判に関しては当たらないのではないかと思います.
    AはAの主張に都合のいいデータを持ってきて持論を展開し
    BはBの主張に都合のいいデータを持ってきて持論を展開し
    第三者は双方の意見を勘案して自分の判断を下すのが普通ですから.

    >相変わらず/.jには法律に強い人が居ないんだなぁ…と思った次第です。

    少なくとも私は法律の専門家ではないので
    法律に強い人からのコメントがあればいいなと思います.

    --
    屍体メモ [windy.cx]
  • 訂正を求める (スコア:1, おもしろおかしい)

    by Anonymous Coward on 2009年10月27日 16時54分 (#1660871)
    /.Jは「口先だけが強い人」しかいません!
  • いざ修正が必要となったときに、わざわざ自分が出向く手間を取るか、
    相手を信頼して捨て印を押しておき、それを使ってもらって修正してもらうか。
    捨て印はこの選択肢のひとつにすぎないわけだから、
    必須ではないのは確かだし、押した方が面倒がないのも確か。

    だから、近場の金融機関であれば、「何かあればそちらに行きます」って言っておけば、
    捨て印を押す必然性がなくなるわけです。
    「処理は本部でやるので」とか言われたらあれですが。

    • by Anonymous Coward on 2009年10月27日 20時45分 (#1661029)
      >いざ修正が必要となったときに、わざわざ自分が出向く手間を取るか
      >押した方が面倒がない

      商工ローンの貸し剥がしが社会問題になっていたころの報道で、押印すべき書類の数を増やして借主の目が行き届かないようにし、その中に白紙委任状を混ぜておく、という手口が紹介されてました。その白紙委任状をもとに各文書をすべて公正証書にして、裁判抜きで強制執行ができるようにしておく、というわけ。
      契約書調印の際には、借主を急かせて文書内容を読ませないようにし、(押印すべき文書の数が多いことに)不安がる借主には「単純ミスなどで後からやり直す手間を省く」というように説明して・・・

      その結果が商工ローン問題だったわけですよ。捨て印も、問題の質は同じ。当事者間に、絶対裏切らないという深い信頼関係があるならともかく、相手を信用しないからこそ条件を文書化するのに、その文書を改竄自由にする捨て印というのでは矛盾もいいところです。選択肢の一つというのは、あまりに問題を美化しすぎているといえましょう。
      親コメント
  • 素人の判断だろうと弁護士の判断だろうと、結局最終的には裁判所で争って、裁判官が判決を下すわけで、「必ず」は存在しないんじゃないかな?

    • 確かに最終的に裁判官が判断すべきモノですが、
      悪意のある相手を法廷に引きずり出す時間と金は一般の勤め人にはなかなかとれないから、
      そういう法廷に引きずり出す手間が発生するようなことが無いように捨て印を押すのはやめよう、
      という話なのでは?

      親コメント
  • by Anonymous Coward on 2009年10月28日 1時07分 (#1661252)

    「推定規定」であって「みなし規定」では無い

    ってあるけど、重要なのは反証可能性ではなく、反証が容易であるかどうかではないの?

    自分は公務員だから、文書の送達というのが「推定規定」の問題としてよく上がるんだが、
    # 行政の行為って、普通郵便が届いたと「推定」して行われることが多い。
    普通郵便が届いていないことを反証するのって、相当に難しいよ?

    それに、証拠がバッチリで反証できたとしても、強制手続き等が戻らない場合ってあるじゃん。
    例えば、税金の通知や督促が普通郵便が届いたと「推定」して、税金の納付がなかったので土地を差し押さえて公売しましたっていうような場合。
    この時に、税金の通知や督促(さらに差し押さえの連絡)が届いてませんよと後で反証できたとしても、
    法律上公売は取り消せない。

    同じような問題が、捨て印にもあると思うんだが。
    # このあたりに触れていないあたり、反論記事の作者の方が法律の素人っぽいんだが。

  • by Anonymous Coward on 2009年10月27日 16時39分 (#1660854)

    って違うものなんでしょうか。その条文にある4個目の項目という点で同一なんでしょう?

    • 例えば「第3条の2」というのは、「第3条」と「第4条」の間に条文を挿入したい時に使う、条文の書き方で、枝番と言います。つまり、「第3条」「第3条の2」「第4条」が同じ位に存在します。たまに「第3条の2の2」(「第3条の2」と「第3条の3」の間に挿入)とか出現したりします。

      何故かというと、4以降をずらしてしまうとその条文を参照している法律を全て調べて変えなければならないし、条番号を参照している古い文章(判決文とか)が非常に読みづらくなるので、それを避けているのです。

      「項」というのは、「条」の下位に属する番号ですので、両者は明確に違います。

      ただ、これが常識的か、と言われると疑問を感じざるを得ないので、ここをまず挙げてくるようなのは、ただの揚げ足とりじゃないかと思います。
      親コメント
      • > ただ、これが常識的か、と言われると疑問を感じざるを得ないので、ここをまず挙げてくるようなのは、ただの揚げ足とりじゃないかと思います。

        作者のわずかな錯誤を装ってウソを書く意思があるかもと疑わせるには十分基本的なこと、とも思われます。それほど基本の事項です。
        暗誦できるほど条文に精通していなくても、たいした手間なしに正しく参照可能な参照先を半端に間違えて示す程度の文章書きであれば
        それ以外の主張についてもどこまで信用できるのかと用心することはあってもおかしくないです。

        たとえば/.-j諸氏もしばしば話題にする著作権法 [e-gov.go.jp]にも「の2」「項」はすぐ目に付く場所に登場します。
        元ねたの民法だってたやすく参照できるものですね。どれどれ民法参照ね……言っている条文と番号違うじゃん!何これ!?
        っていう慎重な人ばかりではないということではありましょうけれど。

        親コメント
    • 法律の構成上は
      xx条とxx条の2は「条文」という点では同格で別のもの(ただの枝番)
      xx条2項はxx条の一部
      という関係ですね。

      枝番つきの条の例:特許法17条の2 [e-gov.go.jp]

      ちなみに民事訴訟法228条 [e-gov.go.jp]

      --
      ともあれ、ヤードポンド法は滅ぶべきであると考える次第である
      親コメント
  • by Anonymous Coward on 2009年10月27日 16時44分 (#1660858)
    >相変わらず/.jには法律に強い人が居ないんだなぁ…と思った次第です。

    結果として不利益になる事態がそこにあること自体は事実な訳で、それに対しては法解釈は不要。
    そういった法解釈が元々不要な部分もある話題なのだから、法解釈の必要性をそこで持ってくるのは
    少々請求過ぎるというものであろう。

    このストーリーの法解釈は正しいか?という話題であれば解釈主体な話になるであろうが
    先のストーリーはそういうものではない点を見逃してはならない。
typodupeerror

吾輩はリファレンスである。名前はまだ無い -- perlの中の人

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